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ページ番号:16931
掲載開始日:2026年3月13日更新日:2026年3月13日
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施設の紹介では、調布市周辺の戦争や平和について実際に訪れて学べる施設や戦跡をご紹介します。
また、現在訪れることはできませんが、戦争や平和について感じられる場所やエピソードをコラムで紹介しています。


市役所前庭にある「平和の塔」は、戦争・戦災・引き揚げ・原爆被爆などの惨禍の中で亡くなられた方々を追悼し、平和への誓いをこめて、多くの市民および市民団体の協力のもとに、1973年(昭和48年)11月10日に建立されました。
中央の球体は精霊の安らぎと平和を表し、三本の柱は永遠と荘厳、そして平和を守る市民一人一人の願いを象徴しています。また、塔の下の石碑には、亡くなられた方々の名前が市民から寄付された銅版に刻まれて安置されています。
今日の平和が永遠に続くことを願い、平和祈念祭を毎年実施しています。
広島平和祈念公園内で元気に育つ親木の種を取り育苗されてきた木(被爆アオギリ二世)です。
この苗木は、市内在住の小学生の希望により広島市より貰い受け、平成15年3月15日の植樹式を経て、市役所前庭に植樹しました。
椎の実子供の家の敷地内に、4つの高射砲台座があります。
戦時中、調布飛行場等を守るために、7.5cmの高射砲6門が設置されていました。
椎の実子供の家の敷地内に、「首都防衛高射砲陣地跡」の石碑があります。昭和20年2月17日の戦闘により4人の隊員が戦死されています。
1941年(昭和16年)の調布飛行場竣工時、正門として左右に設置された調布飛行場の門柱です。戦時中は、「東部第百八部隊」等と厚い大きな板に墨書きされた表札が掛けられていました。
戦闘機「飛燕」などを守っていた掩体壕です。掩体壕とは、軍用機を敵の空襲から守るための格納庫で、目的は本土決戦に備えて、残り少なくなった貴重な飛行機を保存するためでした。「大沢1号」「大沢2号」の2基が三鷹市内に現存しています。
管理は武蔵野の森公園で、同公園サービスセンターでは、2009年11月6日に出土した旧陸軍100式輸送機のプロペラを展示しています。
2008年(平成20年)3月27日、調布市国領町1丁目の京王線連続立体工事現場付近の私有地で不発弾が発見されました。不発弾は、米国製1トン爆弾で長さ約180センチ、直径約60センチを測り、1945年(昭和20年)4月7日、調布飛行場を発した戦闘機の体当たり攻撃でB29が空中爆発した際、落下したものと考えられています。
撤去が行われた5月18日は、警戒区域内の住民16,494人に対して避難指示が発令されました。9時30分には区域内への立ち入りが禁止され、道路が通行止めとなり、京王線つつじヶ丘駅から調布駅間の運行が停止されました。


全住民の退去を確認後、午前11時から自衛隊による撤去作業が始まり、離脱完了後に不発弾は群馬県内の自衛隊施設へ運ばれて処理されました。


(写真 調布市撮影)
1991年(平成3年)に市町村活性化交付金の全額補助を活用して設置した「調布市平和と文化のモニュメント」は、子どもから大人まで全市民に愛される調布のシンボルとして平和、文化、国際性をテーマに設立されました。



このモニュメントは、美しい地球、大空へ飛翔する鳩の群れと、広大な宇宙と惑星群をモチーフとし、一定の時間になると、音楽とともに平和の象徴である鳩が羽ばたき、人形たちとともにシンフォニックな曲が流れ、当時としては類をみないスケールのからくり時計でした。
世界平和の願いが込められたこのモニュメントの台座には、「調布市民憲章」のほか、「調布市国際交流平和都市宣言」、「調布市非核平和都市宣言」が掲げられています。




「調布市文化と平和のモニュメント」は、調布市民の平和への願いと文化の発展への想いを象徴するものとして、20年以上にわたり調布駅前を見守り続けてきました。
今後は市のホームページへの掲載と合わせて、写真で保存することにより多くの皆さまに愛され続けた記憶と想いを継承いたします。