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ページ番号:16930
掲載開始日:2026年3月13日更新日:2026年3月13日
調布市
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1930年代から現代に至るまでの、調布と日本・世界のできごとを年表形式でまとめました。
なお、戦時下のできごとについては、以下の資料を参考に加筆・修正しています。

(写真)上布田の婦人たちによる防空演習
調布市郷土博物館所蔵
もんぺをはき、頭巾をかぶった女性たちが空襲に備えてバケツリレーや小型の手押しポンプで消火の訓練をしています。
1944年(昭和19年)年、当時の調布の一部である神代村に赤坂区青南国民学校(現在の港区青南小学校)の子どもたちが集団疎開しました。
(画像)青南国民学校疎開学童手紙(第206信)
調布市郷土博物館所蔵
画像は、疎開生活のなかで子どもたちが出征先の担任教師に宛てて書いた手紙の一通です。1945年(昭和20年)3月10日未明の東京大空襲で赤く染まる空を神代村で目の当たりにした児童がその様子を描いて送りました。
疎開(注)を体験した方のインタビューを戦争体験記録から見ることができます。
(注)空襲や火災などによる損害を少なくするため、都会の人や物資などを他の地に移すこと。子どもたちを疎開させる学童疎開、重要施設への延焼を防ぐために建築物を疎開させる建物疎開、重要な工場を疎開させる工場疎開などがあった
7日 盧溝橋で日中戦争勃発
20日 調布町愛国婦人会(注)分会発足
(注)出征兵士の送迎、慰問品の寄贈等、国防や戦死者の遺族・傷病兵の救うために結成された女性団体
1日 ドイツ軍ポーランドに侵攻(第二次世界大戦始まる)
4日 アーノルド将軍、ボーイング社とXB29試作を契約(アメリカ)
27日 日独伊三国同盟条約締結
12日 大政翼賛会発会式(日本)
1日 国民学校令に基づき、各小学校は国民学校(注)と改称
(注)皇国民養成の初等教育を行う学校。1941年(昭和16年)4月1日から小学校を国民学校と改めて、終戦後の1947年(昭和22年)3月31日まで続いた
13日 日ソ中立条約調印
30日 調布飛行場完成
(注)戦時下の住宅不足に対応するため、軍需労働者向けに全国供給した賃貸・分譲住宅
22日 ドイツ ソ連に侵攻
22日 東條英機内閣発足(日本)
8日 日本海軍ハワイ真珠湾を攻撃
アメリカ、イギリスに宣戦布告
太平洋戦争始まる
16日 物資統制令公布(日本)
2日 日本軍マニラ占領
15日 日本軍シンガポール占領
21日 満蒙開拓義勇軍(注)壮行会が府中国民学校で行われる(調布からも代表児童参加)
(注)10代の青少年を満洲(現中国東北部)へ送出した日本の国策移民
26日 神代村翼賛壮年団結成
18日 B25(16機)(注)による日本空襲
神代村に高射砲不発弾落下(三多摩地区に初めて空襲警報発令)
(注)米軍の中型重爆撃機。1942年(昭和17年)4月8日、航空母艦から16機が発進して、日本本土(東京、横浜、名古屋、大阪)を初空襲。爆撃後は、中国各地に墜落・不時着し、大半のパイロットは中国人に救助されたが、日本軍の捕虜となった人もいた
18日 東京・名古屋・神戸など本土を空襲される(日本)
大政翼賛会・愛国婦人会・国防婦人会などを通じて、国防意識の高揚と戦意高揚が激しくなる
7日 サンゴ海海戦。コレヒドール島占領
5日 ミッドウェー海戦(日本軍大敗)
日本海軍、航空母艦4隻ほか大損害を被る
7日 米軍 ガダルカナル島に上陸
7日 神代高等女学校神代村に移転
1日 日本軍ガダルカナル島撤退
2日 ドイツ軍スターリングラードでソ軍に降伏
18日 連合艦隊司令官山本五十六戦死
1日 調布郵便局 上布田30に移転
調布地区でも木炭・薪・たき木統制(注)が行われる
(注)戦時下における燃料不足と価格高騰を防ぐため、政府による価格統制が開始
29日 アッツ島の日本軍全滅
17日 空襲に備えて上野動物園の猛獣を処分(日本)
8日 イタリア、連合軍に無条件降伏
21日 学徒出陣(注)の壮行会が明治神宮外苑で遂行(日本)
(注)兵力不足を補うため、おおよそ20歳以上の大学生・高等専門学生の徴兵猶予を停止し、戦場へ送り出した
31日 軍需会社法公布(日本)
3日 上布田に疎開している高浜虚子宅で、句会が催される
1日 第一回学徒出陣(陸海軍に入隊)(日本)
10日 文部省、学童の縁故疎開を促進(日本)
21日 政府「都市祀疎開実施要綱」を決定(日本)
24日 徴兵適齢の年齢を一年下げる(日本)
26日 内務省、東京・名古屋に疎開命令(日本)
25日 政府、学徒勤労動員(注1)、女子挺身隊(注2)加入強化など決戦非常措置要綱決定
(注1)1944年(昭和19年)2月以降、国民学校高等科・中学生以上の生徒・学生は学校での授業ができなくなり、軍需工場や食糧増産に強制的に動員された
(注2)軍需産業の深刻な労働力不足を補うため、主に未婚女性を軍需工場などに動員した強制的な組織
29日 文部省、東京都通じて三多摩の学童受入れ施設の調査を秘密裏に命令(日本)
1日 六大都市の学童に給食開始(日本)
6日 連合軍、ノルマンディーに上陸
15日 米軍、サイパン島に上陸
16日 B29、中国基地より北九州を初空襲
7日 サイパン島守備の日本軍全滅
18日 東條英機内閣総辞職(日本)
下旬 青南国民学校(注)・岩瀬先生を神代村に調査派遣
(注)現在の東京都港区立青南小学校
4日 学童疎開の第一陣、東京上野を出発(日本)
15日 青南国民学校の児童、神代村 家庭学寮に学童疎開
20日 青南国民学校の児童等、神代学寮に到着
22日 学童疎開船「対馬丸」米潜水艦により沈没
23日 学徒動員令・女子挺身隊令公布(日本)
25日 入間町・昌翁寺・明照院・金龍寺各学寮に児童到着
11日 調布国民学校で味噌汁給食始める
26日 調布国民学校の南側に軍隊が宿泊
16日 陸軍特別志願兵令(注)改正公布(日本)
(注)日本が朝鮮人男性(後に台湾人も)を兵士として直接戦闘に動員するために制定した制度。最終的に徴兵制へ移行していく
20日 米軍 レイテ島上陸
(注)戦時中は軍需資材として供出された
25日 神風特別攻撃隊(日本)、レイテ沖に初めて出撃しアメリカ艦隊を攻撃
1日 関東地方にアメリカの超大型爆撃機B29が初めて飛来
7日 ゾルゲ事件(注)
(注)ドイツ人ジャーナリストとして来日赴任したリヒャルト・ゾルゲが率いるソ連のスパイ組織が日本国内で諜報活動及び調略活動を行ったとして摘発された事件。ゾルゲ諜報団に参加していた尾崎秀実の死刑が実行された
21日 調布国民学校で朝食時に勤労動員児童(注)の壮行会
(注)深刻な労働力不足を補うため、軍需工場や農村へ強制的に労働力として動員された学生・児童
24日 サイパン島のアメリカ軍基地からB29数十機、本格的な東京空襲
5日 震天隊(注)を結成(調布飛行場で)
(注)震天制空隊。主に日本本土防空のために陸軍の第10飛行師団が編成した空対空の特攻部隊
7日 東南海地方に大地震(998名死亡)(日本)
14日 調布国民学校に八丈島より疎開児童
(注)旧学制で、青年学校(実業補習学校・青年訓練所)の教員を養成した学校
18日 「日本ニュース」(注)で調布の震天隊を放映
(注)ニュース映画。時事問題などの情報の伝達及び解説を内容とする短編映画・記録映画の一種。戦時中は国策宣伝のために情報統制がかけられており全国の映画館で上映が義務付けられていた
米軍第21爆撃軍司令官にルメイ就任
16日 艦載機による調布飛行場空襲(街路や民家にも被害)
17日 艦載機による調布飛行場空襲(京王線つつじヶ丘駅付近爆弾落下)
19日 B29による佐須・柴崎・大町地区に空襲
9・10日 B29、東京江東地区、無差別夜間爆撃。死者約12万人(東京大空襲)
15日 深大寺国民学校 空襲
15日 大都市疎開強化要領決定
17日 硫黄島の日本軍全滅。以後、アメリカ軍空軍基地が早期に完成されて小型機が本土に空襲を開始する
31日 調布有料電話が255台になる
1日 米軍 沖縄本島上陸
7日 国領上空でB29に体当たり(国領に一機墜落)
7日 硫黄島よりP51ムスタング来襲
19日 P51(注)、調布飛行場 空襲
(注)P51陸軍機。米陸軍の航続距離の長い戦闘機。主な任務は、硫黄島を基地として、日本を空襲するB29の援護だった
5日 風船爆弾でアメリカ本土で6名の死者を出す
7日 ドイツ、連合軍に無条件降伏
25日 B29による調布市域最大の空襲(旧甲州街道・上ケ給・国領・絵堂・中島飛行機三鷹研究所等に被害)
8日 大本営、本土決戦方針を採択(日本)
11日 P51、仙川地区の寺院・学校に機銃掃射(注)
(注)軍用機が機体に装着した機関銃や機関砲で、地上または、海上の目的物を空中から狙い撃ちする方法
23日 沖縄の日本軍壊滅し沖縄戦事実上終結
29日 調布国民学校 学徒隊結成
5日 P51、調布飛行場空襲
7日 P51、調布飛行場空襲中止
8日 P51、調布飛行場空襲
10日 艦載機の調布飛行場空襲
26日 日本に対して連合国がポツダム宣言を発表
28日 P51、飛田給に機銃掃射
3日 P51、調布飛行場空襲
6日 広島に原子爆弾投下
7日 P51、調布飛行場空襲
8日 B29、調布飛行場・周辺空襲
8日 ソ連、日ソ中立条約を破棄。対日宣戦を布告
9日 ソ連、満州に侵攻
9日 長崎に原子爆弾投下
15日 午前中、艦載機(注)の調布飛行場空襲
日本敗戦
(注)戦艦などに搭載された航空機
14日 日本、ポツダム宣言を受諾し無条件降伏
15日 玉音放送(日本)(注)
(注)天皇自らが戦争終結の決定を国民に伝えるために行ったラジオ放送
30日 連合軍最高司令官D・マッカーサー厚木飛行場に到着。日本の占領が始まる
1日 調布第二国民学校 独立開校
2日 日本「降伏文書」に調印
3日 米軍 調布飛行場に進駐
5日 調布市内にアメリカ兵が現れる
21日 金龍寺の疎開児童希望者は親元へ
3日 日本国憲法公布
1日 調布町・神代町合併により調布市制施行(面積22.28キロ平方メートル、人口45,090人、世帯10,391)
1955年(昭和30年)に誕生した調布市も、人口10万人を超え大きく成長していきます。平和の祭典であるオリンピックが東京で開催され、調布市の飛田給がマラソン競技大会の折り返し地点となるなど、当時の様子がわかる資料が残されています。
東京1964大会「私たちの見たオリンピック」(東京都調布市の記録映画)(調布市動画ライブラリー)(外部リンク)
(注)クリックするとYouTubeのサイトに移動します。
10日 東京オリンピック開催(10月24日まで)
15日 中央自動車道(調布・八王子間)開通

(写真 調布市撮影)
この年代の戦争・平和に関する大きな出来事として、国領町1丁目で発見された不発弾の処理があります。
当時は、警戒区域内の住民に対して避難指示が発令され、道路の通行止めや京王線の一部運行停止が実施されるなど、大きなニュースとなりました。
不発弾は戦時中、調布飛行場を発した戦闘機の体当たり攻撃でB29が空中爆発した際に落下したものを考えられていますが、調布飛行場がかつての陸軍の飛行場だったことを改めて想起させる事件です。

当時の市報ちょうふ紙面
27日 国領町1丁目の京王線連続立体工事現場付近の私有地で不発弾が発見される
18日 国領町1丁目の不発弾が撤去される
令和元年度から毎年度、市内の中学生を「ピースメッセンジャー」として被爆地へ毎年度派遣し、学んだことや感じたことを市内外に発信する取組を行っています。
令和4年度からは、FC東京と連携し、アウェイゲーム開催にあわせて、市内の小学生を「ピースメッセンジャージュニア」として派遣し、各地に遺る戦跡巡りなどの平和学習を行っています。
令和5年度には、過去に派遣されたOBOGで構成する「ちょうふピース部」が結成され、平和をテーマに様々な活動に取り組んでいます。
| ピースメッセンジャー2020 |
ピースメッセンジャージュニア 2022 |
ちょうふピース部(結成当時) |
|---|---|---|
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| ピースメッセンジャー(中学生被爆地平和派遣事業) | ピースメッセンジャージュニア(小学生平和派遣事業) | ちょうふピース部 |
29日 中学生被爆地平和派遣事業を実施し、ピースメッセンジャーを被爆地へ派遣(31日まで)
以降、毎年度ピースメッセンジャーを任命し、被爆地へ派遣(コロナ禍では派遣を中止)
30日 ピースメッセンジャージュニアを広島へ派遣(31日まで)
以降、毎年度ピースメッセンジャージュニアを任命し、各地に派遣を実施
14日 ピースメッセンジャーOBOGの同窓会を実施
以降、名称を「ちょうふピース部」として、活動を開始